
第9回 草花と四季をめぐる「本」~「ハーニャの庭で」
尾崎 実帆子
植物のことを学び・知ることはもちろん、ゆったりとした気持ちで花を眺め、癒される、そんな「本」を、ブックコーディネーター・ライターの尾崎実帆子さんが紹介していきます。
澁澤龍彦というと黒魔術やエロティシズム、幻想文学などのイメージが強い文筆家ですが、本書は「花」について書き綴られた生前最後のエッセイ集。水仙(すいせん)やチューリップ、紫陽花(あじさい)や百合(ゆり)などポピュラーな25種類の花について、それぞれ3~5ページほどの短い文章で、花の名前の由来となった神話や古典をはじめ、中世から近現代の芸術や文学、宗教や文化の中でその花がどのように扱われてきたかが語られます。
洋の東西を問わず次々と繰り広げられる「花」の描写の引用に、幼少期を過ごした昭和初期の淡い記憶や、1970年代の欧州旅行の思い出を織り交ぜたりすることも。タイトル「逍遥」の通り、歴史や文化を行きつ戻りつしながら、テンポのよい語り口に引き込まれていきます。
なかでも花に対する西洋と日本の「美意識」の違いに著者の関心は強く、例えば日本では情緒と切り離せないシンボリックな花が西洋では脚光を浴びない理由や、逆にローマ人から溺愛された花が日本人にとっては野草扱いで充分であった、など著者ならではの多角的な視点で考察され、文学や芸術を背景とした「花」が重層的に立ち現れてきます。
著者自身は、自ら花を育てた経験は朝顔(あさがお)くらいのものだと語っています。「ろくに土をいじったことも草花を育てたこともない」と言う彼にとっては現実の草花そのものに触れるよりも、書物や芸術の中に描かれる花の方がよほど現実感があるのだそう。草花を育てガーデニングを楽しむ皆さんにとっては不思議な感覚かもしれませんね。
そして特筆すべき本書の魅力は何といっても挿し絵(という言葉が似つかわしくないほど)の存在感。植物愛好家の八坂安守氏が、古今東西から蒐集した緻密で繊細な植物画のフルカラー図版が75点収められています。
初版は1987年に発行されたハードカバーの函入り単行本で、画集のような美しい佇まいの書籍でした。単行本は絶版となりましたが、この文庫版にも図版はすべて入っているので魅力は充分に伝わります。
ブックコーディネーター・ライター。「Sapporo Book Coordinate (さっぽろブックコーディネート)」代表。「適“本”適所」をコンセプトに、カフェやショップ、商業施設、イベント会場など、街のさまざまな場所で本を買える仕組み作りに注力。本にまつわるイベントを企画開催したり、本の楽しさを伝える書評執筆を行なう。北海道新聞「親と子サンデー ほん」を2012年より執筆ほか、絵本・児童書の書評掲載、雑誌やラジオなどのメディアで書評掲出。札幌インストラクターガイド登録講師、絵本・児童文学研究センター正会員。
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