
第1回 草花と四季をめぐる「本」~「草の辞典-野の花・道の草」
尾崎 実帆子
植物のことを学び・知ることはもちろん、ゆったりとした気持ちで花を眺め、癒される、そんな「本」を、ブックコーディネーター・ライターの尾崎実帆子さんが紹介していきます。
日本の植物分類学の父と称される、牧野富太郎を主人公とした小説。2023年春からは、某局で彼をモデルとした連続テレビ小説がスタートするそうです(本作は原作ではなくオリジナル脚本)。幕末に生まれ、明治・大正・昭和と生きて94歳で没するまでに彼が製作した植物標本は40万点以上、命名した植物は1,500種以上とのこと。
幼き頃の富太郎は土佐の野山を駆け巡って、草花に語りかけます。「おまんの名前、ほんまはなんと言うが?」「おまん、初めて会うのう。わしは牧野富太郎。おまんは誰じゃ。教えとうせ」。とにかく植物が好きで知りたくてたまらない少年でした。草花にはいったいどれだけ種類があるのか。どんな仲間がいるのか。植物を収集しスケッチし続けた少年が、そのまま一生涯かけて植物を研究し続けた様が生き生きと描かれています。
ただ没頭すると周りが見えなくなる性格だったこと、研究のためには借金を厭わなかったこと、また学歴や権威に迎合しないため、ほかの研究者から疎まれるなど苦労も大変多かったようです。しかしなんといっても彼自身が「なんとかなる」と決して絶望しないし、やりたいことを諦めません。
植物を探して各地を飛び回り、精密にスケッチし文献にあたり論文を続々と発表して独自の研究を貫きます。「30年以上かけて集めた数十万の植物標本を、外国人に売りさばく以外に借金を返す方法がない」といったピンチもドラマチックな展開で乗り越えます。
故郷高知県にある「牧野植物園」のウェブサイトなどで見られる富太郎のポートレイトを見ると、豪放磊落(ごうほうらいらく)な印象でチャーミングな笑顔が魅力的。作品の中では、幼少期と変わらず富太郎が草花と語り合うシーンが効果的に挿入されているのですが、草花が「富さん、私をみつけて。」と呼ぶ声が彼には本当に聞こえていたのでしょう。
植物を愛し植物に愛された彼の人生は、どん底に見えるような状況でも、どこか明るさがあり情熱が枯渇することがありませんでした。「好き」を貫いているからということはもちろん、さまざまな環境でもしたたかに生命をつなぎ幾多の季節を巡って生きる植物たちと、いつも向き合っていたからかもしれません。
ブックコーディネーター・ライター。「Sapporo Book Coordinate (さっぽろブックコーディネート)」代表。「適“本”適所」をコンセプトに、カフェやショップ、商業施設、イベント会場など、街のさまざまな場所で本を買える仕組み作りに注力。本にまつわるイベントを企画開催したり、本の楽しさを伝える書評執筆を行なう。北海道新聞「親と子サンデー ほん」を2012年より執筆ほか、絵本・児童書の書評掲載、雑誌やラジオなどのメディアで書評掲出。札幌インストラクターガイド登録講師、絵本・児童文学研究センター正会員。
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